実行力のあるセキュリティ文化へ:ヒューマンリスクマネジメントとは

TOKYO, JP | 2025年08月5日


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サイバーセキュリティ対策といえば、ネットワークの強化、エンドポイント保護、悪意のあるコードをブロックすることが中心でした。しかし、最も根強く、コストのかかる脆弱性は、技術的なものではなく「人」です。従業員がフィッシングに引っかかる、機密データを誤った方法で取り扱う、などセキュリティポリシーに違反してしまうケースは後を絶ちません。悪気があるわけではなくても、その行動が組織にとって深刻なリスクを生むことがあります。

そこで注目されているのが、ヒューマンリスクマネジメント(HRM)です。HRMは、サイバーセキュリティ上のリスクとなる人の危険な行動を可視化・測定・低減するための、戦略的かつデータドリブンなアプローチです。従来のセキュリティ意識向上トレーニングとは異なり、HRMは教育や啓発にとどまらず、継続的なモニタリング、必要に応じた教育、パーソナライズされたセキュリティコーチングを通じて、ユーザーの行動そのものを変えていくことを目的としています。さらに、人に起因するリスクを正確に測定・管理できるよう、組織をサポートします。

本記事では、ヒューマンリスクマネジメントとは何か、そしてなぜ今必要とされているのかを解説します。

HRMが必要とされる理由

企業が毎年多額の費用を投じてファイアウォールや暗号化、エンドポイント保護を導入しているにもかかわらず、依然としてヒューマンエラーがデータ侵害の一番の要因です。Verizonの「2024 Data Breach Investigations Report」によると、70%以上のインシデントには人的要素が関与していることが分かりました。ヒューマンエラーは、ソーシャルエンジニアリング、不適切な行動、悪意のないミスなどが含まれます。

HRMの必要性が高まっているのは、次のような背景があります:

  1. サイバー脅威の増加:ヒューマンエラーが依然として最大の脆弱性です

  2. リモート・ハイブリッドワークの普及:監視の目が届きにくくなり、危険な行動が見逃されやすくなっています

  3. 規制の強化:従業員一人ひとりに対するコンプライアンスの意識がこれまで以上に求められています

  4. 文化的配慮の必要性:グローバルに展開する企業では、文化や倫理観の違いも考慮する必要があります
  5. 企業イメージへの影響:SNSやメディアを通じて、従業員の不適切な行動が大きな問題に発展することがあります

こうした現実を受け、従業員のセキュリティ行動を他の経営リスクと同様に管理すべきという認識が広がっています。HRMはリスクに対応するための明確な仕組みを提供します。

ヒューマンリスクとは?

サイバーセキュリティにおけるヒューマンリスクとは、意図的か否かに関わらず、個人の行動がセキュリティインシデントを引き起こす可能性を指します。たとえば:

  • 利用ポリシー違反
  • 顧客情報の誤った取り扱い
  • 弱いあるいは漏洩の可能性があるパスワードの利用
  • ソーシャルエンジニアリングに騙される
  • フィッシングメールのクリック

これらのリスクは、職種や部署、個人の状況によって異なります。たとえば、財務・経理部の従業員はビジネスメール詐欺(BEC)の標的になりやすく、開発者はGitの取り扱いに不備があることでリスクを生むことがあります。HRMでは、こうしたリスクを個別で可視化し、仮説ではなく実際の行動に基づいて対応を行います。

意識向上トレーニングとの違い

従来、ヒューマンリスクの対策としてはセキュリティ意識向上トレーニングが主流でした。しかし、それが「年に1回の動画視聴とテスト」で終わってしまっている企業も少なくありません。このような形式では、実際の行動変容にはつながらず、誰が本当にリスクなのかを把握することもできません。

HRMでは、「教育」から「責任と行動の変化」へと焦点を移します。HRMプログラムでは以下を実施します:

  • フィッシング訓練、ポリシー違反、メールの履歴などのデータからリスクの高いユーザーを特定
  • 行動を長期的に管理し、改善しているユーザーとさらなる支援が必要なユーザーを特定
  • 職種やリスクレベルに応じたユーザーのセグメンテーション
  • 状況に応じたトレーニングやセキュリティメッセージ、1対1のコーチングを個別に提供
  • リスク低減に関する指標を追跡し、セキュリティに対する効果を明示

行動ベースのHRMに取り組むことにより、組織は従業員がセキュリティのことを「知っているか」だけではなく「実際に行動に移しているか」確認できるようになります。

HRMプログラムの主な構成

1. 行動リスクの評価


HRMはまず、現状を理解するところから始まります。誰がフィッシングメールをクリックしているのか、危険なパスワードを使っているのか、どのようなセキュリティアラートが発生しているのかを、把握する必要があるため、次のようなデータを収集します:

  • フィッシング訓練の結果
  • パスワードのレポート(繰り返し利用など)
  • DLP(Data Loss Prevention)アラート(外部への機密データ送信など)
  • シャドーITやポリシー違反の記録
  • 監査やインシデント対応の報告

これらをもとに、個人や部署ごとのリスクスコアを算出・記録していきます。

2. リスクのセグメント化と優先順位付け

すべての従業員が同じリスクを持っているわけではありません。そのため、リスクが特定されたら、次のように、ユーザーを職種やアクセス権、行動傾向などに基づいて分類します:

  • 管理者権限を持つユーザーが何度もフィッシング訓練に失敗している場合は、優先的に対応
  • マーケティング部門の新入社員であれば、適切な新人研修やフォローアップが有効

このように分類することで、限られたリソースを最も効果的な場所に集中させることができます。

3. ターゲットを絞ったアプローチ

効果的なHRMでは、画一的なトレーニングではなく、パーソナライズされた対応が必要です。次のような例があります:

  • 職種別のマイクロラーニングコンテンツ
  • リスクのある行動が検知された際のリアルタイムメッセージ
  • メールやSlackに統合されたリマインダー
  • ゲーム化による自発的な学習促進
  • 管理職とのコーチングセッション

日々の仕事の流れの中で「適切なタイミング」で「適切なメッセージ」を届けることで、安全な行動の定着を促します。

4. 継続的なモニタリングとフィードバック

ヒューマンリスクは一度で解決する問題ではありません。部署の異動、新たな攻撃手法の登場など、リスクは常に変化します。

HRMでは、定期的にリスクスコアを再計算し、ダッシュボードで最新の傾向を確認します。以下のようなKPIの追跡も重要です:

  • フィッシング訓練でのクリック率の低下
  • ポリシー違反やDLPアラートの減少
  • 不審メールの報告件数の増加
  • パスワードの強度や管理状況の改善

こうした指標を出すことで、HRMの効果をビジネスに直結する形で証明できます。

組織全体の連携

HRMはIT部門だけで完結する取り組みではありません。人事、法務、経営など各部門の連携が不可欠です。人事部は、オンボーディングや評価制度にリスクインサイトを組み込む役割を担います。法務部は、現行の規制との整合性を確認します。経営陣は、組織全体のセキュリティ文化を育むような取り組みが必要です。

HRM導入のメリット

HRMを導入することで、次のような成果が期待できます:

  • ヒューマンエラーによるセキュリティインシデントの低減
  • 高リスクの従業員を可視化
  • データに基づいた効率的なトレーニングと予算配分
  • NIST、ISO 27001、PCI DSSといった基準への適切な対応
  • 従業員が自発的に脅威に対応・報告するセキュリティ文化の醸成

そして何より、HRM+は、リスクの「発生後対応」から「発生前の予防」へと、セキュリティチームによる取り組みの質を根本から変えることができます。

まとめ

HRMは、サイバーセキュリティの進化形ともいえるアプローチです。「人」は最大のリスクであると同時に、最大の防御でもあります。AIによって、脅威が進化している時代では、知識を身につけるだけでは不十分です。今求められているのは、行動の変化です。一人ひとりの行動を把握し、改善することで、組織全体を持続的かつ効果的に守ることが可能になります。

原典:KnowBe4 Team著 2025年7月26日発信 https://blog.knowbe4.com/what-is-human-risk-management

Topics: フィッシング, KnowBe4 SATブログ, セキュリティ文化

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